黄昏野

セミリタイアの日々を綴っています。

無職のオッサンは潔い人生を歩むしかない。

行動範囲が極端に狭い。
無職になり金のことばかり考えてるから交通費、交際費への出費は控えてる。

電車に往復乗るだけの金があれば
その金で豪華な昼食にありつける。
そんな考えもあり
人間関係の断捨離を進めた結果、誰も誘って来なくなり、余計な金も使わなくなった。

しかしそんな生活はただ生きてるだけで虚しいものだ。果たしてこれが生きていると言えるのか?あと何年生きれるかもわからない年齢にさしかかっているのにつまらない人生だ。

そこで妄想してみる。
女性と付き合うことになった。
服や食事、レジャー等の出費だけで月5万円はかかりそうだ。

もちろん会う頻度が高くなれば予算ははるかにオーバーだ。
無職にとってはデメリットだらけでいずれ金欠に陥り、金の切れ目は縁の切れ目となる。

メリットはオッサンひとりでは入れない気取った店に行けたりして、行動範囲が広がる。
つまらない人生としばし離れることもできる。

しかしどう考えても破綻する人生だ。
快楽の後には地獄が待っている。
浦島太郎ではないけど代償は払うことになるだろう。

歳をとると女性に身体だけでなく心を求めるようになる。それはたぶん寂しさからくるものなんだろうけど、若い時とは明らかに違う。

金だけで繋がっていてもどこかで心を求めてしまう。年老いた男の幻想に過ぎないのはわかっているのだが、情けないものだ。

女性は男と違いドライで計算高い
しかし女性が、本気で惚れるとそれらのことは吹き飛び逆に貢いだりするのだから面白い。

それだけ惚れられる男というのはギャップが大きく輝いて見える人間だと思う。
容姿とかは関係ない。

たとえば甲子園で試合をしてる球児など、普段は教室でバカ言ってるのにグラウンドで見せる真剣な表情とかだ。

自分の手の届かない場所で輝いている男に女は魅力を感じ、惚れてしまうのだ。
そしてそんな男に惚れる女は自分以外にもたくさんいる。そこでまた男の価値が上がり、モテの上昇スパイラルになる。

オッサンはそんな若者を眩しい目で見て現実に戻る。
遠い世界を儚い孤独に生きていくしかなさそうだ。